珪化の国
ミスラ 6

(白髪城は昔からこの地にあった珪化木をくり抜いて造られたの。樹幹はがらんどうの螺旋階段になっていて、ちょうど踊り場みたいに、途中途中に九つの門があるわ。この城は全部で十の層に分かれてる。私たちのいる五の幹は、真ん中よりちょっと上)
 キキオンが泣きやむのを待つ間、ミスラは「ここはどこだ」をもう少し丁寧に答えることにした。うずくまる背中から少し離れた場所に座って、手持ちぶさたな指先で潰された花の花弁を撫でる。
(知っているかしら、木って育ちすぎると自分自身を支え切れなくなって潰れてしまうそうなの。この木も余程大きいでしょ。まだ石になっていなかった頃、この木は何度も潰れて、潰れたところからまた伸びて、繰り返してとうとうこんな大きさになってしまったのですって。私たちウラシルの民がそろって暮らしていけるくらいのとんでもない大きさに)
 必要がなくてずっと使っていなかった記憶の綴じ目を久しぶりに探る。かつてウラシルを訪れていた余国の旅人たちは、白髪城の異様にそろって感嘆の声を上げていたものだ。彼らに、兄や姉は何を話して聞かせていたのだったか。金属管の蓋を開けて、眠たい眼をこすりながら、壁にはりついていた記憶はあるはずなのに……。
(私たちの先祖は土や木や家畜を持ちこんで、煉瓦で城郭を築いて、でも途中で止めて、今度は屋敷を建てて、雨どいと畑を作って、枝の上での生活を始めたわ。大地で暮らしても良かったのにね。よほど高いところが好きだったのかしら)
 あるいは、空が好きだったのかもしれない。白髪城の枝の大地を歩いていると、建築途中で放棄された城郭の跡がぽつぽつ散在しているのをよく見かける。在りし日に、第五王女の部屋の金属管が笑いながら城跡について語ったことがあった。
 ――あれは、だって、壁があったらお空が見えないでしょう。
 歴代の城主は珪化木の輪郭を城壁で覆ってしまう代わりに、樹幹の内側に彫り刻まれた螺旋階段を十の階層に分けて堅牢な門を築いて関所としていた。第五王女は、金属管ごしに聞いた姉王女の見解に相槌を打ちながらも、単に煉瓦の数が足りなかっただけなのではないかしらと、そんなことを考えていたものだった。層と層の間の門は、頑固なくらい厳格で、許された特別の許可を持つ者と、特別の日以外は、ウラシルに住む誰もが上下の行き来を禁じられていた。その決まりごとは、悪魔が一の幹に居座ってからも変わらない。それか、もっと酷くなっている。
(キキオンはウラシルの外から来たのね。ここは変なところだと思うでしょう)
 花をもてあそんでいた手を止めて、ミスラは明け方の空を見上げた。地平を燃え上がらせる曙光に追われて、暁の星はウラシルを去ろうとしている。ミスラは立ちあがった。服についた草を払って、髪の毛に手櫛を入れる。
 キキオンはいつの間にか顔を上げていた。
 涙の跡はなかった。目元も赤くなっていない。そういえば嗚咽の声もなかった。キキオンはまるで尋常の様子で、泣いた痕跡は欠片もないのだ。
 ミスラは頬をはたかれたような心持ちになった。悪魔の爪に引っ掛けられて、花畑に放り出されて、人形に悪魔を殺せと迫られて、言われるまでもなく殺す気でいる男の気持ちなど、ミスラには分からない。夜明けの光で誰かの面影を見つけて絶望している男の気持ちも、分からない。
 キキオンは泣いてなどいなかった。だとすると、全身全霊をかけて笑っていたのかもしれなかった。
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